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2008年4月

夢の通り道を僕は歩いている 中島みゆき

この歌を聴くと胸がキュンとなってしまう。みゆきさんの最近の歌では、一番好きな曲だ。昔は「ローリング」が好きだった。みゆきさんの歌詞には「僕」という言葉が多く出てくる。少年の心を詠った歌が多い。世間で言われているほど、中島みゆき=恋の歌 というイメージはない。また、みゆきさんの歌は、一つの物語を歌っているのではなく、さまざまな境遇の人が、自分の人生に当てはめられるような構成になっている。だから、ストーリーに関係なく感情移入できるのである。

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ジャパン女子プロレス 伊藤勇気

ジャパン女子プロレスの1期生に伊藤勇気という選手がいた。確か、シューティング出身でジャパン女子の1期生の中では、比較的身体ができていた印象がある。甘いマスクで人気があった。私は一時、プロレスから離れていたので、ジャパン女子解体時の詳細を知らない。おそらく、その時期に引退したのだろう。素材が良かっただけに、もっと活躍して欲しかった。 

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アントニオ猪木 白人男性に絡まれる?

”猪木 白人男性に絡まれる”  YouTubeで、こんなようなタイトルを発見。猪木信者の私としては見逃す事はできない。どうも、バイクでシルクロードを走破している途中で起きた出来事らしい。また何で、猪木がそんな事をしているのか、そっちの方に興味がある。それはさて置き、最初に白人男性が、猪木に張り手をかましているように見える。猪木は相手にしたくない様子。それでも相手は、執拗に猪木の腕を取ろうとし、そのままバックへ回る。どうやらレスリング経験者らしい。しかし、猪木はその腕を取り、倒れこみながら脇固めへ。相手はピクリとも動けなかった。実践で、自在に関節技を使いこなせる猪木は凄いと思った。 

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 新日本プロレス黄金時代

アントニオ猪木が社長だった時、新日本プロレスの試合には緊張感があった。また、次から次へと繰り出される仕掛け、絶えず流動的な情勢は、ファンをワクワクさせた。そこには、非日常的な空間があった。アントニオ猪木は常に”プロレスに眉をひそめる連中”を逆なでする行動をとっていった。それが社会に不満を持っている人たちの心をスカッとさせたのも事実だった。プロレスは社会の中で非常に大きな役割を持っていたのだ。 当時プロレスを観ていた人たちは、単にプロレスをプロレスとして観ていたのではなかった。プロレスというジャンルに自分たちの人生を投影して観ていたのだった。   

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ミミ萩原 フライング・クロスチョップ

子供の頃、近所の空き地に全日本女子プロレスが来て、それを観に行ったのが初のプロレス観戦でした。 立野記代はまだ新人で、前座で試合をしていました。 野外のため控え室はなく、ライオネス飛鳥がガードレールに座り、出番を待っていました。 その時、ヨチヨチ歩きの子供が、石を持ってライオネス飛鳥に立ち向かって行ったのでした。 そんな子供を、飛鳥は優しくあやしていました。 この日、飛鳥の対戦相手はミミ萩原でした。 ミミ萩原はライオネス飛鳥をロープに飛ばし、フライング・クロスチョップ。 このフライング・クロスチョップの助走で、ミミ萩原の踵が後頭部に着くくらい 高く跳ね上がっていたのに驚きました。 さすがに女子プロレスの選手は鍛えられていると思いました。 勝負はミミ萩原が勝ちました。  

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アントニオ猪木VS上田馬之助 釘板デスマッチ

ユーチューブで、アントニオ猪木VS上田馬之助戦(釘板デスマッチ)を観た。この試合、子供の頃観た記憶がある。猪木が場外に落とされそうになる度に、ハラハラしたものだった。以前、ブログに「記憶にある一番古い試合は、ウイリー戦」と書いてしまったが、間違いだった。この試合は昭和53年に行われている。人の記憶というのは、いい加減なものだと思った。ところでこの試合、タイガージェットシンがタオルを投げた後、猪木は上田にアームロックを仕掛ける。猪木はアームロックは苦手?と思っていたが、なかなかサマになっていた。貴重なシーンが観れて良かった。

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4.12 IGF大阪決戦!!

4月12日大阪府立体育会館でIGFの大会が開催されました。毎回、大会が近づくにつれ、そわそわして落ち着きません。私が気にしているのは、試合のことではなく観客動員数。今回は5582人(満員)ということで、ひとまず成功という事なのか・・・・。ともかく、猪木には借金まみれになってほしくない、というのが願いです。そういう私は、まだ1度もIGFの大会に足を運んでませんが・・・。

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YouTube 谷山浩子 カントリーガール

昨日、ユーチューブで谷山浩子さんの歌を聴きました。曲はカントリーガール。谷山さんの歌っている姿を見るのは初めてでした。ピアノがとってもお上手(当たり前か)。私は学生時代、谷山さんにハマリかけたのですが、中島みゆきさんの方にハマッテしまいました。それでも、たまに聴いていました。透きとおった歌声。幻想的な曲は、ストーリーの中に入り込んだ感覚に襲われます。私の好きな曲は、「冷たい水の中を君と歩いていく」「窓」です。こちらの方は、動画は見つかりませんせした。残念。

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夜学

私は、ある都立系の短大に通っていた。その学校は、私が入学した年に新しい校舎になったのだが、それまでは使わなくなった、古い中学校の校舎を使っていたらしい。一風変わった学校だった。夜学ということもあり、社会人が多く様々な人達がいた。学費は格段に安かった。年間16万程度だったと記憶している。それでも生活費を稼ぐのと、学費を納めるのが大変で、アルバイトが忙しくなかなか学校には顔を出せなかった。そんな母校も、統廃合でなくなってしまうという。帰る場所が無くなってしまうようで、さみしい。

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ウエンディ・リヒター

確か、ジャパン女子プロレス旗揚げ戦に、ウエンディ・リヒターが参戦する予定だった。しかし、急遽来日が中止され、その後も参戦することはなかった。 ウエンディ・リヒターは、かつてはWWFではトップスター選手で、あのシンディ・ローパーがセコンドに付き話題を呼んだ。女ホーガンとも呼ばれていた。日米を通じて、あのようなスターは2度と出ないだろう。ウエンディはその昔、全女によく参戦していた。当初あまり強くなかったが、最後の方に来日していた時には、格段に強くなっていた印象がある。もし、ウエンディがジャパン女子のリングに上っていたら、ジャパン女子の未来は変わっていただろう。

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プロレス勝負論

元レフリーが暴露本を出して以来、ワークだのアングルだのといった言葉が飛び交っているが、何を今更といった感じである。昔は、強い者同士が戦えば、引き分けと相場が決まっていた。また、対戦カードを見ただけで、ほとんどのプロレスファンは勝敗が予想できた。天龍革命以降、リング内で決着が着くようになり、ファンも勝敗にこだわるようになっていった。 しかし、村松氏が何十年も前に言っているとおり、プロレスは「勝敗」と「強さ」は別物である。そもそも、「強さ」の基準とは何であろうか。プロレスとは、「強さ」を判断する材料だけを提供し、後の判断はお客に任せるものと、私は定義している。

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ミミ萩原

いつもは少ない訪問者が、3月31日はなぜか多かった。ミミ萩原を検索して、たどり着いた人が多かったみたい。恐るべしミミ萩原である。今だ根強い人気。 私も、ミミ萩原選手の試合を生で観たことがあります。小学3年生位の頃、近くの空き地で全女が興行を行った時でした。当時全女は、ビューティ世代が引退し谷間の時期でした。ミミ萩原選手は、そんな時代を支えた功労者です。その日は、歌のコーナーで「STAND UP」を披露してくれました。「青い目をした~」いい歌でしたね。あとミミ選手の入場テーマ曲も好きでした。やたらとイントロが長く、外人が歌ってたやつ。タイトルはわかりません。この曲について、詳しく知っている方、教えてください。

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月曜深夜 中島みゆき

月曜深夜、よく中島みゆきさんのオールナイトニッポンを聴いていました。聴き始めたのは、小学4年の時。その頃、深刻ないじめに悩んでいて、何か救いを求めるように深夜ラジオを聴きだしたのでした。流れ着いたのが、みゆきさんのオールナイトニッポンでした。みゆきさんの喋りがおもしろく、「ひとり上手」のコーナーや「大嫌いだ」のコーナーが好きでした。最後の方にまじめに語るコーナーがあり、リスナーの「自殺したい」という声に対するみゆきさんの回答に、とても励まされました。

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昭和のプロレス

私に最も影響を与えたレスラー、アントニオ猪木。しかし、この人について語るのは「宇宙とは何か」について語るようなもので、いったい何から語ればいいのか、すぐには思いつかない。私の憶えている猪木のいちばん古い試合は、ウイリー・ウイリアムス戦だ。この時、猪木は確か37歳頃か。体力的には、すでに下り坂にあった。そう、私は猪木の本当の全盛期を観ていない。学生運動にちょっぴり乗り遅れた世代、みたいなものだ。現役バリバリの猪木よりも、落日の猪木を見る時間の方が長かった私。だからこそ、昭和のプロレスには人一倍こだわりがあるのかも知れない。

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