創作活動と労働
ここ最近ブログの更新をほとんどしていない。
作品を生み出すということは、水中深く潜るということである。
水中深く潜るということは、計り知れない孤独の中に身を置くということだ。
かなりの体力と気力を要する。
また、創作活動をするには、体の中をゼロにしなければならない。
この状態で職場に行くとかなりの確率で怒られることが多い。
創作活動と労働 この二つを両立するのは難事である。
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ここ最近ブログの更新をほとんどしていない。
作品を生み出すということは、水中深く潜るということである。
水中深く潜るということは、計り知れない孤独の中に身を置くということだ。
かなりの体力と気力を要する。
また、創作活動をするには、体の中をゼロにしなければならない。
この状態で職場に行くとかなりの確率で怒られることが多い。
創作活動と労働 この二つを両立するのは難事である。
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5月13日深夜、何気なくテレビを見ていると NHKワンダーXワンダー「白い魔境 冬富士」という番組をやっていました。冬の富士登山がこんなにも危険だとは思いませんでした。雪で覆われた噴火口から見上げる青空。画面を通しているとはいえ、この星に自分しかいないような不思議な感覚に襲われました。
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私は子供の頃、幽霊や宇宙人、超能力など不思議なものが大好きでよく信じていた。ある時期から、大槻教授の影響を受けそういった類のものは一切信じなくなった。しかし、前者と後者のどちらが幸せであったかと言うと圧倒的に前者の時期の方が幸せだったように思う。ホンダの創立者である本田宗一郎氏は入社の面接の際、幽霊がいると思うか質問し、いないと答えた人は採用しなかったという話を聞いたことがある。「固定観念に囚われない人」「常識を打ち破る人」を求めていたのだろう。科学的に正しいかどうかという観点も必要だが、人生をより良く生きるためには、ある程度”不可思議”なものを信じている方がいいのではないかと思っている。
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診療内科医のオボ氏曰く「頑張るとは頑(かたくな)に張(張りつめる)こと」だという。そんな緊張状態でいることは良いことではないらしい。また、「我がままは我(われ)のまま、ありのままの自分でいること」だという。とかく日本人は頑張ることを美徳としている。別の言葉にも、「このままの自分ではいけない、もっと頑張らなければいけないと必要以上に今の自分を否定してあおりたてることは、それ自体が魔の所為である」とある(本当にオボ氏が言ったかわからない)。この言葉に出会えて本当に胸がすっきりした。
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私は今年に入ってから、映画の「ザ・シークレット」にハマっている。全部は観ていないが、初めて最初の20分を観た時には衝撃を受けた。今更スピリチュアル系にハマッているなんて恥ずかしくて人には言えないが、こういったものを人生に取り入れて生きることもOKなのではないかと思っている。
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ちょうど去年の今頃、NHK小さな旅「下町ウエルカム~東京 谷中界わい」を放送していた。今、台東区谷中に多くの外国人が訪れるという。番組ではアメリカから来た一人の青年を取り上げている。その青年は父のことが好きではない、と語っていた。青年が人情味あふれる谷中の人々とのふれ合いを通し、日本を旅立つ頃には「父と同じ職業に就くかも知れません」と語っていたのがとても印象的だった。
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私は友人に薦められ、村上春樹氏の「風の唄を聴け」を読んだ。この本は人生は不毛であるということを教えてくれているような本だ。それは逆説的な意味で正しい。派遣切りに遭い住むとこを失った人たちに「あなたはかけがえのない一人です」といったところで、そんなものを信じられるだろうか。それより、生きるということに意味などないんだ、といってしまった方が遙かに平等に感じるのではないだろうか。
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橋本 治氏の作品自体はそんなに読んでいないが、評論はよく読んでいた。特に90年代の前半はハマッっていた。最近めっきり橋本氏の批評を目にする機会は少なくなったが、今もどこかで発言されているのだろう。たまに図書館に行った時など、橋本氏の本を手にとって読んでみる。読み進めていくと「やはり自分の世界に閉じこもっていた方が楽だ」と思い直し、自分の世界に返って行く。しかし、しばらくするとまた橋本氏の批評を読みたくなる。私にとって橋本 治氏はそんな存在なのだ。
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小さい頃目撃した光景で、今考えると不思議な事って結構ある。幼稚園の頃、我が家の庭の向こうに小さな木がたくさん生えている場所があり、そこで5,6匹のネコがよく屯していた。ある日母に頼まれて、我が家のネコにミルクを持って行った。いつもなら飛んで来るはずのネコが、何やら躊躇っている。その時、ボスらしき真っ白で太ったネコが「仕方ない、行け!」とばかりに合図を送ったのだ。すると我が家のネコは、私の元に来るではないか。普段何気なく集まっているとばかり思われたネコの集会には、ちゃんと序列があったのだ。ちなみに我が家のネコは、シャープな顔立ちでNO2のサブリーダー的存在だった。![]()
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私の通っている床屋さんから、F通りに100円でお惣菜を売っているお店があると聞いた。詳しく聞いてみると、おばあさんが小さなスペースで、お手製のお惣菜を安く売っているらしい。その話を聞いて以来、私はF通りを歩く度に、目を凝らしてその店を探したのだが、それらしき店を発見することはできなかった。しばらく経って、仕事帰りにF通りの電器屋さんをチラッと見ると、いくつか惣菜の入ったガラスケースの向こうにおばあさんが立っているではないか。ここだったのか。まさか電器屋さんの中にあるとは・・・・。思っていた以上に、手作り感のあるお店でした。
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人の人生観は、宇宙観と大きく関連している。科学の知識がある人も、ない人も、自分なりの結論を持っている。宇宙の果てはどうなっているのか?宇宙に終わりがあるのか?等々。人には話さないだけで、自分だけの予想をもっている。そうでもしなきゃ、前へ進めない気がする。高校時代授業で、宇宙は膨張してまた縮小すると言っていた。縮小する際、テープを巻き戻すように、すべてが逆回転すると言っていた(本当かどうかは知らない)。その話を聞いて絶望的な感じがした。しかし、近年見たテレビ番組によると、宇宙は膨張し続け、最後には星がひとつもなくなってしまうという。また、この宇宙の外にも無数の宇宙が存在するという考えも紹介していた。私は宇宙は永遠だと思っている。私は、銀河鉄道999の乗客のように、星から星へと、宇宙を旅する永遠の旅人である。
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先日、ドクター於保哲外先生の、「海の文化と村の文化」(2000年4月23日、厚木平和会館)と題する講演の資料を読む機会がありました。「真面目な人が、頑張っているのに不思議と開けない」との言葉に、確かに思い当たるふしがあるように感じました。また、自分を粗末にしている人は「自分を粗末にしているように、人からも粗末にされるようになっていく」との言葉がとても印象に残りました。どうしたら、自分を押し殺すことなく、図々しく、図太く、自分自身を輝かせながら生きていくことができるか、悩む日々です。
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私は、ある都立系の短大に通っていた。その学校は、私が入学した年に新しい校舎になったのだが、それまでは使わなくなった、古い中学校の校舎を使っていたらしい。一風変わった学校だった。夜学ということもあり、社会人が多く様々な人達がいた。学費は格段に安かった。年間16万程度だったと記憶している。それでも生活費を稼ぐのと、学費を納めるのが大変で、アルバイトが忙しくなかなか学校には顔を出せなかった。そんな母校も、統廃合でなくなってしまうという。帰る場所が無くなってしまうようで、さみしい。
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3/5 気合をいれてブログを書いていると、友人が訪ねてきてめんどくさい用事を押し付けられ、せっかく途中まで書いた記事を消してしまいました。今更ヘビーなことを書く気力もなく、今日はこんなところです。
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