プロレス

非常識のススメ!!

最近、いろんな本やいろんな人のインタビューを読むと、ある共通のキーワードが出てくるケースが多い。そのキーワードとは ”非常識”である。もちろん、非常識を戒めているのではない。むしろ皆、非常識を賛嘆し勧めている。ターザン山本氏はケーフェイVol.4(インフォレスト株式会社刊)の中で、「世間の道理なんてクソ食らえだ。」と言い放った。久々に痛快な思いがした。かつてアントニオ猪木は、世間に対し果敢に闘いを挑んでいった。ジャイアント馬場だって、ああ見えてちゃんと世間と闘っていた。プロレスファンはただ、プロレスを観て喜んでいるだけでは本当のプロレスファンとは言えない。私生活の中でプロレスをしてこそ、本当のプロレスファンといえるのではないか。

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”世界のTK”が猪木VSペールワン戦を解説

こう暑いとブログを更新するのが億劫になる。ブログをやっている人の中で、半年に1度更新している人の割合が凄く少ないらしい。解るような気がする 。それはそうと、Gスピリッツvol.6を少し前に買った。プロレス本を買ったのは、実に10何年ぶりのこと。 ”世界のTK"こと高阪 剛氏による猪木vsペールワン戦の解説に興味がそそられたからだ。詳しい内容については省略させていただく。ただ、高阪氏の解説で解ったことは、昔の練習方法について、”技の最終形だけを教えそこに到る過程は自分で探させた”という点だ。今はハウツー本や教則本があふれている時代。しかし、こうしたものに頼りすぎると「器用貧乏になっちゃうんです」と高阪氏。

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IGF北海道決戦!!

IGFの北海道決戦。気が付いたら終わっていた。猪木ファンの私ですらこれだけ関心が薄いのだから、果たして興行は成功したのか?気になって、恐る恐るパソコンで調べてみた。23日は満員で25日は超満員ということで、まずまずの入りだったのだろう。猪木には何としてもプロレスを復興させてもらいたい。

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プロレス界のターニングポイント 猪木VSホーガン戦!!

もしも、猪木が第1回IWGPでホーガンにあんな負け方をしていなければ、UWFは存在していなかったのではないかと思っている(ここで言うUWFとは、格闘技路線を目指し始めて以降を指す)。それまで、格闘技路線とプロレスを両立してきた猪木が、記念すべき第1回IWGPでホーガンに大敗を喫したことで、結果的にアメリカンプロレスに妥協した形となってしまった。それに危機感を覚えた選手たちが、UWFを格闘技路線へと衝き動かしていったのではないだろうか。しかし、あの時猪木が勝っていれば、プロレス界は安泰だったかと言えば、そうとも言えない。UWFがあったからこそ、プロレス界の被害はこの程度で済んだかも知れないからである。

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アントニオ猪木VS大木金太郎

五月晴れという言葉があるが、そんな日がほとんどないまま、5月が終わろうとしている。まるで、梅雨にでも入ったような日々が続く。そんな鬱陶しい日には、アントニオ猪木の試合でも観てスッキリしよう。そこでYouTubeでアントニオ猪木VS大木金太郎戦を観戦。序盤でいきなり注目すべきシーンを発見。珍しくタックルを仕掛ける猪木。足へのタックルを狙ったのであろうか。これは大木金太郎のフロントネックロックに捕まってしまうが、すぐに体を入れ替え難を逃れる猪木。今のプロレスより、グラウンドの展開が圧倒的に多いが、飽きさせることがない。また、この時代のレスラーは、腕をとるにせよ、関節を決めるにせよ、しっかりとした基礎の上に個性的だ。この頃は情報が少ない分、今の格闘家のように、技術がマニュアル化されていないためだろうか。

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アントニオ猪木 白人男性に絡まれる?

”猪木 白人男性に絡まれる”  YouTubeで、こんなようなタイトルを発見。猪木信者の私としては見逃す事はできない。どうも、バイクでシルクロードを走破している途中で起きた出来事らしい。また何で、猪木がそんな事をしているのか、そっちの方に興味がある。それはさて置き、最初に白人男性が、猪木に張り手をかましているように見える。猪木は相手にしたくない様子。それでも相手は、執拗に猪木の腕を取ろうとし、そのままバックへ回る。どうやらレスリング経験者らしい。しかし、猪木はその腕を取り、倒れこみながら脇固めへ。相手はピクリとも動けなかった。実践で、自在に関節技を使いこなせる猪木は凄いと思った。 

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 新日本プロレス黄金時代

アントニオ猪木が社長だった時、新日本プロレスの試合には緊張感があった。また、次から次へと繰り出される仕掛け、絶えず流動的な情勢は、ファンをワクワクさせた。そこには、非日常的な空間があった。アントニオ猪木は常に”プロレスに眉をひそめる連中”を逆なでする行動をとっていった。それが社会に不満を持っている人たちの心をスカッとさせたのも事実だった。プロレスは社会の中で非常に大きな役割を持っていたのだ。 当時プロレスを観ていた人たちは、単にプロレスをプロレスとして観ていたのではなかった。プロレスというジャンルに自分たちの人生を投影して観ていたのだった。   

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アントニオ猪木VS上田馬之助 釘板デスマッチ

ユーチューブで、アントニオ猪木VS上田馬之助戦(釘板デスマッチ)を観た。この試合、子供の頃観た記憶がある。猪木が場外に落とされそうになる度に、ハラハラしたものだった。以前、ブログに「記憶にある一番古い試合は、ウイリー戦」と書いてしまったが、間違いだった。この試合は昭和53年に行われている。人の記憶というのは、いい加減なものだと思った。ところでこの試合、タイガージェットシンがタオルを投げた後、猪木は上田にアームロックを仕掛ける。猪木はアームロックは苦手?と思っていたが、なかなかサマになっていた。貴重なシーンが観れて良かった。

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4.12 IGF大阪決戦!!

4月12日大阪府立体育会館でIGFの大会が開催されました。毎回、大会が近づくにつれ、そわそわして落ち着きません。私が気にしているのは、試合のことではなく観客動員数。今回は5582人(満員)ということで、ひとまず成功という事なのか・・・・。ともかく、猪木には借金まみれになってほしくない、というのが願いです。そういう私は、まだ1度もIGFの大会に足を運んでませんが・・・。

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昭和のプロレス

私に最も影響を与えたレスラー、アントニオ猪木。しかし、この人について語るのは「宇宙とは何か」について語るようなもので、いったい何から語ればいいのか、すぐには思いつかない。私の憶えている猪木のいちばん古い試合は、ウイリー・ウイリアムス戦だ。この時、猪木は確か37歳頃か。体力的には、すでに下り坂にあった。そう、私は猪木の本当の全盛期を観ていない。学生運動にちょっぴり乗り遅れた世代、みたいなものだ。現役バリバリの猪木よりも、落日の猪木を見る時間の方が長かった私。だからこそ、昭和のプロレスには人一倍こだわりがあるのかも知れない。

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約10年ぶりに・・・ZERO1-MAX

昨日は友人に誘われ、ZERO1-MAXを観に行きました。私が、プロレス会場に足を運んだのは、約10年ぶりのこと。インディーズの団体には、あまり興味がなかったのですが、収穫もありました。それは、ドン荒川選手の試合を観れたことでしょうか。荒川選手は、新日時代は前座で大変人気のあった選手で、道場での「強さ」は、あの前田日明選手も証言しているほどです。昨日はちょっと、荒川選手の良さが出ていなかった気がしましたが、私は試合が観れただけで満足でした。

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最近のプロレスは

最近のプロレスの、おもしろくない所は、デビューして日の浅い選手がテレビに出れたり、上の試合ですぐに使ってもらえたりする点だ。昔は、デビューしてから相当経たないとテレビで放映してもらえなかった。ワインはある程度寝かさないと、美味しくならないように、レスラーもまた、一定期間寝かさないと味が出ない。プロレスはよく「人生の縮図」に例えられたが、今のプロレスにはそこまでの奥の深さが、感じられない。単なる技の掛け合いを、やっているにすぎない。                                       

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週刊プロレス 初代編集長

私は、中1から高3まで毎週週刊プロレスを買っていました。私が好きだったのは、杉山初代編集長の頃です。杉山編集長の編集後記はいつも、”プロレスとは何か”を考えさせてくれる深い内容でした。 確かその頃は、編集後記という名ではなく、”編集者になりたい君たちへのメッセージ”とか言う名前だったと記憶しています。 そのネーミングにも、刺激を受けました。 将来、プロレス雑誌の記者になりたい、というのが当時の夢でした。 その後、週刊プロレスは山本編集長になって大ブレイクしますが、その基礎を作ったのは杉山編集長だと思っています。

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