格闘技

シュートボクシング 吉開若菜と仁あきら

その昔、女子シュートボクシングに吉開若菜と仁あきらという選手がいた。もちろん他にも選手がいたのだろうが、私が知っていたのはこの二人だけである。あの頃は、女子格闘技の人口が今より多くなかった時代。いったいこの人たちは、どんな理由でこの道を選んだのだろうと、興味を持って注目していた。確か、吉開若菜は仁あきらを破りチャンピオンになった後、タイに武者修行に行ったと記憶している。その後の消息は知らない。今頃どうなっているのだろう。やはり私は、格闘技はマイナーであるべきだと思ってる。格闘家は哀愁を漂わせていなければならない。

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横綱朝青龍と皇帝ヒョードル

私は、スポーツ科学の専門家でもなければ、格闘技の専門家でもないが、朝青龍とヒョードルには共通点があるような気がしている。それは、状況の変化に素早く身体が反応できる、対応力を身につけているという点である。この能力は恐らく、反復練習をただひたすら繰り返すだけでは、身につかないのではないかと思っている。日本人は、技術を体系づけてマニュアル化することには長けているが、それプラスこのような対応力を伸ばすことが、総合格闘技などで日本人がトップに立つには必要ではないだろうか。

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フルコンタクトKARATE 山田編集長

私はプロレスファンだが、フルコンタクトKARATEの編集長だった山田氏の意見には、共感できるところがある。山田氏のプロレスに対する考えは、私なりに解釈すると「プロレスはプロレスでいいんだ。だが、U系のような擬似格闘技は許せん」となるのだろうか。私と山田氏は同じコインの裏表のような気がする。 山田氏が編集長だった時のフルコンタクトKARATEは面白かった。意見がはっきりしていて潔かった。リングスやパンクラスを掲載しておきながら、プロレスを見下すような記事を書いていた、矛盾だらけの某格闘技誌とは大違いだ。山田氏のような人が、週刊プロレスの編集長になったらいいと思う。

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時代別最強の決め方!

強さの基準というのは、人それぞれの価値観によって違う。しかし、その時代によって、主流を占める価値観というのが存在する。その価値観を3つの時代によって分類してみた。

まずアントニオ猪木の時代。この時代は、野原での決闘=真剣勝負という価値観。広い野原などで決闘を行い、相手の息の根を止めた方が強いという考え。当時、すでにそんなものは行われていなかったのだが、幻想はまだ残っていた。現に猪木は、水谷という空手家に執拗に決闘を迫られている。

次に前田日明の時代。この時代になると、路上のケンカ=真剣勝負という価値観。前田自身も「素手ゴロNO1」と言っているように、試合上の勝負はどうあれ、ケンカで勝った方が強いんだ、という考えだ。この価値観は最近まで、主流を占めていた。

最後に、船木から現代の格闘家までの時代。この時代に入ると、リング上の結果至上主義という価値観になる。現代ではプロ格化が進み、金にならないケンカに勝って何の意味があるのか、という考えが主流をしめている。スマートでシンプルな考えといえよう。

以上3つの時代に分類してみた。

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プロレス勝負論

元レフリーが暴露本を出して以来、ワークだのアングルだのといった言葉が飛び交っているが、何を今更といった感じである。昔は、強い者同士が戦えば、引き分けと相場が決まっていた。また、対戦カードを見ただけで、ほとんどのプロレスファンは勝敗が予想できた。天龍革命以降、リング内で決着が着くようになり、ファンも勝敗にこだわるようになっていった。 しかし、村松氏が何十年も前に言っているとおり、プロレスは「勝敗」と「強さ」は別物である。そもそも、「強さ」の基準とは何であろうか。プロレスとは、「強さ」を判断する材料だけを提供し、後の判断はお客に任せるものと、私は定義している。

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